夢とは、なんでしょうか。
初めまして。あるいはご覧いただきありがとうございます。
『Replica Club √D』(レプリカクラブ ルートD)開発者のもねてすと申します。
ジャンルはコズミックホラーライクな没入型アドベンチャー。 これを商業規模で出すのが目標です。
絵を描いて、シナリオを書いて、プログラムを組んで、企画を立てて、プレゼン資料をまとめて...... 公式アカウントの文面を考えています。 音源は今のところフリー素材で、将来的には作曲家さんへ外注できればと思っています。
こう並べると、よほど強い志を持ってこの道に来たように見えるかもしれない。 違うんですよ。私はただ、絵が描きたかっただけなんです。
私は子供の頃から創作が好きでした。絵を描いているあいだだけ時間の流れ方が違った。
▲没案になった、元のレプリカクラブの構想。創世記モチーフ
けれど進路を決めるとき、家庭から返ってきたのは「安定を取れ」でした。 それで高校を出て、市役所に入りました。イラストの道はいったん畳みました。 当時はそれでいいと思っていました。後悔もなかったはずです。
それから数年、市職員として働いていました。 先輩方は優しく、悪い職場ではなかったです。
窓口に座り、書類を捌き、定時で上がる。 同じ時間に起きて、同じ電車に乗って、同じデスクに座る。守られている感覚は、確かにありました。
けれどそれと同時に、 マニュアル仕事をこなすたび、同じサイクルに慣れれば慣れるほど頭のどこかが死んでいく感覚がありました。
『つくる仕事』を諦めきれなかったんです。
自分はとにかく作っていたい。その性分もあり、毎朝泣きながら出勤していました。自分の職の不向きを悔やみながら。 多くの葛藤と紆余曲折を経て、働きながら大学受験をしました。 そして合格をもらい関東を出ました。
現在は北海道在住です。 この退職から進学までの過程だけでも一本の記事になってしまうので、いつかちゃんと書きたいと思っていますが今回は結果だけを言いますね。
憧れられるような安定した職を自分から降りて、いちばん不安定な場所に来ました。
進学先ではゲーム専攻を選びました。目標はゲーム会社のイラストレーター。絵で食べていける、いちばん確実そうな形。 その相談を教授に持っていったとき、返ってきたのがこれです。
「本当にやりたいのはゲーム会社への就職なのか? 現実を中途半端に見て、後悔するだけじゃないのか」
言葉が出ませんでした。
いま思うと、私はもう一度「安定」を選び直そうとしていたんですよね。 会社に入って、席をもらって、指示された絵を描く。確かにそれは絵を描く仕事です。ただ——市役所の窓口と、構造が同じでした。降りたはずの場所へ、名前を変えて戻ろうとしていた。
痛かったです、あれは。
実家の反対を押し切って進学したので、正直言うと学費はかつかつです。 進学をして、その状況を知った教授が言ったこと。
教授:「ゲームで当てて学費を稼げばいいじゃん」
わたし:「??????」
イカれてると思いました。本当になんなんだこの人。できるわけないだろ、と。
とはいえ、他に手もありませんでした。 元来身体が丈夫ではなかったので、安定した収入レベルのバイトをしながら学業を並行して学ぶよりはと、我武者羅にゲームを作りはじめたんです。
作って、出して、応募して、また作って。その繰り返しの先で、いまはiGi(マーベラスさんのインディーゲームインキュベーションプログラム)に採択されました。
そこで『Replica Club √D』を開発しています。
ゲームを当てられるかは、まだわかりません。
舞台は架空のハリウッドです。夢が叶う場所として、名前を呼ばれる街。 ゲームとしてのキャッチコピーは「見るものすべてが嘘をつく」。
▲現在開発中の探索パートの画面。架空のハリウッド『ハルシオン』。
……中身の説明は、このへんでやめておきます。 知らないまま入ってもらったほうが絶対にいい作品だと信じています。
ただ、ひとつだけ。 なぜ私が「夢が叶う街」を選んだのか。 ここまで読んでくださった方には、たぶんなんとなく伝わっている気がします。
すでにご存じの方もいるかもしれませんが、底にある問いはずっと変わっていません。
汚いものを愛せるか。 でも、最近そこに、もう一行足しました。このテーマの根本は自己受容なんです。 これですら、つい最近気付いたことでもあるのですが。
登場人物の設定を描くときに、それぞれ時期の違う私を「分配」しました。
いちばん苦しかった頃の自分を切り分けて、それぞれに持たせた。 だから執筆中や構想中はしょっちゅう心が削れます。 心の底から楽しいですが、楽しいだけの作業ではないです。
書きながら自分で気づいたことがあって。 主人公が見知らぬ相手に絡まれる場面があります。 彼女は事を荒立てないんですよ。低姿勢に出て、相手の面子を潰さないように立ち回って、その場を収める。 書き終えてから思いました。これ、窓口で身につけたやつだ……
捨てたつもりのものがいちばん使える武器として作品に残っている。 そういうことがけっこうあります。 そういう面では、一度堅苦しい社会にでてクリエイティブの海に潜ったことは私の人生においてとても意味のあることだったのだと思います。
話は変わりますが。 つい先日真エンディングを白紙に戻しました!!うわーー!🙌🙌
それまで用意していたのは自己受容にたどり着く結末でした。 痛みを抱えたまま、過去に後悔している汚い部分があっても、それでも自分を受け入れる。
作品のテーマからすれば、とーーーっても模範解答です。
でもね、ある人に問われたんですよ。 その方とは結構長い付き合いで、いろんな創作の話も合うんです。 この作品において、スチル部分のグラフィックなどを手伝ってもらっている方でもあります。 今度紹介できる機会があれば、これもまたログに残したいですね。
話は戻りますが、
【お前は自己受容できているのか】、と。
できていません。
自己受容していない人間が自己受容のエンディングを書けば、上滑りします。 読んだ人にはわかるんでしょう。 仮にその場でわからなくても、いつか気づかれる。 あれは大衆向けのリップサービスだったんだ、と。それはいちばんやりたくないことでした。
「自分の推しを描いた作者に『このキャラ、あんまり好きじゃないけどがんばって描いたんだよね』って言われたら、むかつくし悲しいでしょ」……
そりゃそうだ。
なので作り直しています。 いま書ける真実で一度閉じて、自分がそれを本当に愛せるようになった日に、もう一度開く。 まだまだ開発は続くと思います。
正直、締切のことを考えたら正気の沙汰じゃないですよね。 でも、それが『作家性』の正体だと思うんです。
私にとってのゲーム開発とは、『私の見ている世界を100%以上の形でプレイヤーに伝え、心を動かすものを作ること』だと思っています。 そして、あわよくば私の葛藤や苦しみを詰めたこのシナリオを読んで、似たような境遇の人がいれば、心の支えになるような作品としてあってほしい。
昔の私にも、そういう作品がありました。
『モンテ・クリスト伯』——巌窟王です。入口はFGOでした。
「待て、しかして希望せよ」という一節を、ずっと握っていた気がします。
……というか、いま真エンディングでやろうとしているのも、たぶんこれですね。 書けるようになるまで待って、それでも希望はしておく。伯爵いわく、幸せを実感するためには1度深く考え苦しむ必要があるそうですから。
まだ決まった中身は書けません。 でも、方向だけ。 私の痛みを背負わせた分身たちに、「もう私じゃなくていい」と言って手放す話に、したい。
ここまで書いて気づいたんですが……これ教授の問いに答えてますね。
あのとき私は、自分の希望を中途半端に見ていた。 学生を卒業したら、きちんと安定した職について、親に恩返しをして、家庭を築いて、楽な生活を送れるようにする。
でも、退職をして、進学をして......家族をはじめ、その過程でたくさんの人に応援してもらっています。 いまやっているのは、自分の現在地を中途半端に見ないという話です。対象が違うだけで同じ作業でした。
作品は、作者について嘘をつけないんですよ。 設定でごまかしても文章の温度に出る。だったら最初から本当のところで書いたほうが早い。
ゲームのプログラムを書いている自分を、窓口に座っていたころの私は想像していなかったと思います。それでも、いまのところ後悔はないです。
私は大学進学のなかで、さまざまなことを学びました。 お世話になっている教授の発想は突飛で、面白くて、そのくせちゃんと勉強になるんです。 あの人のもとでなければ得られなかった考え方が、山ほどあります。 学友との共同制作もそうです。ひとりでは絶対に出てこないものが出てきました。
いままでの創作活動は孤独な戦いでした。 けれど、新しい経験と新しい人たちの出会いのなかであれば、いつか書きたかったものも書けるのではないかと信じています。
Steamのストアページは公開中です。よければ覗いてやってください。

これからも開発ログを続けていきます。今度はもっと明快な話でね!
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