『霧走町 流氷に眠る』は、流氷の寄る北海道の港町で、刑事が人に会う話です。 事件は、刑事が着いた時点でもう起きています。 漁協の組合長が防波堤で死に、署は事故と見ている。
ただ、この記事で書きたいのは事件のほうではありません。 刑事が会いに行く先で、町の人がそのとき何をしていたか、どんな仕事の途中だったか。 そこから、この作品を紹介したいと思います。
港へ行くと、最初にこう出ます。
凍りついた係留索。船小屋の陰で、日に焼けた男が網を繕っていた。 「……よそ者が、何の用だ」
佐伯という漁師です。 刑事が来たから港に立っているのではなく、網を直す仕事があるから船小屋のそばにいる。 流氷が岸を埋める季節なので、船は出せず、陸でできる仕事をしています。
「……この時期は、たいして獲れん」 「流氷が来りゃ、船は出せん。それだけの話だ」
こういう事件と関係のない雑談にも、ちゃんとその人の返事が書いてあります。 事件と関係のない話を聞いても、その人の暮らしが一つ分かる。 そのぶん、あとで事件のことを聞いたときの言葉が、少し違って聞こえます。
食堂「番屋」に入ると、こうです。
湯気とだしの匂い。カウンターの向こうで、女将が包丁を置いた。 「いらっしゃい……ああ、あんたが東京の刑事さんかい。狭い町だからね、噂はすぐさ」
女将のハルは、料理のことを聞くと料理の話をします。
「今日は鱈が入ってるよ。汁にすると身が甘くてねえ」 「刑事さんも、食べていきなよ。痩せてるじゃないか」
店の名前の由来を聞けば、番屋というのは漁の道具を置く小屋のことで、潰れた小屋を借りて始めたのだと教えてくれます。 もう二十年になる、とも。 常連は漁師が半分、あとは駐在と宿の主人。 毎晩同じ顔ぶれの、小さな町の食堂です。
よそから来た刑事にとって、この店は聞き込みの場所の一つです。 でもハルにとっては、二十年続けてきた店であって、事件のために開けている店ではない。 その見え方の差を、会話の画面の中に残しておきたいと思いました。
港には、もう一人います。 昼のあいだ、桟橋で網を干している岬という若い漁師です。 夜になると、番屋の隅の席で湯呑みを両手で包んでいます。 同じ人が、時間によって違う場所にいる。 町の人の一日を、在席する場所と時間の組み合わせで置いています。
釣りのことを聞くと、こう返ります。
「……アブラコとか、ソイとか。冬は数は出ないですけど」 「別に、好きってわけじゃないです。……静かだから」
町を出ることを考えたことはあるか、と聞けば、考えたことはある、でもここしか知らない、と答えます。 宿の主人の源三に岬のことを聞くと、無口なだけで悪い子じゃない、この町では無口は損なんだが、と言います。 人物の輪郭は、本人の言葉と、周りの人がその人をどう言うかの両方から、少しずつ見えてきます。
東京から来た刑事が最初に着くのは、宿「潮見荘」です。 帳場では、源三が新聞を広げています。 風呂は十一時まで、飯は七時から、寒ければ布団はいくらでもある。 土産を聞けば、この町には昆布くらいしかない、と笑います。
駐在所には、堂本という駐在がいます。 雑談で聞くと、この町に十八年いて、ここで骨を埋めるつもりだと言います。 署から見ればここは地図の端で、事故で片付いた案件に応援が来るわけがない、と自分で言います。 無線はあるが天気が荒れると届かず、そういう日は走って知らせに行く。
宿の主人と駐在。 どちらも事件の関係者である前に、この町で長く働いて、町の人の顔を毎日見てきた人です。
序盤に行けるのは、港と船小屋、食堂「番屋」、宿「潮見荘」、駐在所、防波堤、岬の高台の六か所です。 最初から全部に行けて、鍵のかかった場所はありません。 どこから回るかは、決まっていません。
場所を移ると背景の絵が変わり、短い地の文が入ります。 潮見荘の帳場では石油ストーブが低く唸っていて、番屋の窓は煮炊きの湯気で白く曇っている。 港では舫い綱が風で鳴り、防波堤では流氷の軋みが風に混じって届きます。 岬の高台からは、眼下に港と防波堤の細い線が見えます。
絵は色数を絞った少し古い雰囲気で、細かい描き込みより文字の読みやすさを優先しました。 その代わり、音や匂いや温度は地の文で補います。 背景と文章の両方で、町を感じてもらう作りです。
人物の立ち絵はありません。 顔を描いてしまうと、その顔で人を判断してしまいそうだったので。 その代わり、返事の前後に、手や目の動きを書きました。
佐伯は、網を繕う手を止めずに話します。 ハルは、独りで店をやっていることを聞かれると、布巾を絞る手が少しだけ止まります。 岬は、こちらを見ないまま、指先だけが動きを忘れることがあります。
こういう描写は、証言そのものではありません。 でも、同じ一文でも相手が何をしていたかで、意味が少し変わります。 手が止まったから何かを隠している、と決めつける必要もない。 そういう読み方の余地を、台詞の外側に置いています。
遊び方は、こうです。 場所へ行き、話す相手を選び、聞きたいことを日本語で一文打ちます。
昨日の夜はどこにいた
港の佐伯にこう聞くと、返事が来ます。
「十五日の夜なら、10時まで番屋で飲んどった。それだけだ」
そして、捜査手帳に一行が残ります。
佐伯「十五日の夜は10時まで番屋で飲んでいた」
手帳には、誰から、どこで聞いた話かも一緒に残り、人物や場所から探せます。 あとで別の人から同じ夜の話を聞いたとき、並べて読み比べられる。 決まった呪文を打つ遊びではありません。 自分の言葉で聞いて、返ってきた言葉を手帳で確かめる。 その繰り返しで、町の人の話が少しずつ積み上がっていきます。
制作のメモに、一文があります。 普通の人が、普通ではいられなくなった理由を刑事が調べる。 この連載を貫く一文でもあります。
港、食堂、宿、駐在所。 そこにいる人には、事件の前からの仕事と付き合いがあります。 証言を渡すためだけに立っている、情報の入れ物のような人物にはしたくなかった。 だから雑談にも返事を用意し、返事の前後に手の動きや視線を書きました。
このゲームには、分かりやすい悪人がいません。 誰にも暮らしがあって、誰も少しずつ何かを黙っている。 誰が悪いのか、すぐには決められない。 そこを面倒だと感じる人には、たぶん向きません。 そこが好きな人のために、作っています。
雑談で聞いたことは、捜査手帳には一行も残りません。 捜査を前へ進める材料でもありません。 それでも、佐伯の船が親父の代からのものだと知っていると、港で網を繕う姿の見え方が変わります。 ハルが独りで店を続けてきたと知っていると、カウンターの向こうの沈黙の重さが変わります。
一つの質問で事件が動くこともあれば、その人の話を知るだけで終わる一往復もある。 その一往復を、無駄な入力として切り捨てないように作っています。 急いで解くより、町の人と少し話してから次へ行くほうが、たぶんこのゲームは面白い。
一つ目の記事なので、事件の中身は書きません。 書けるのは、町に誰がいて、どこで何をしているかまでです。 それでも、次に会う人へ何を聞こうか、と思ってもらえたら十分です。
流氷の音のする町で、網を繕う人と、鱈の汁を出す人と、新聞を広げる人がいる。 刑事は、その人たちに話を聞きに行きます。 事件は、その暮らしのすぐ隣にあります。
この町が気になったら、Steamのウィッシュリストに入れておいてもらえるとうれしいです。
[[STEAM_LINK: https://store.steampowered.com/app/5287530/?utm_source=gamewith&utm_medium=devlog&utm_campaign=gamewith04&utm_content=05]]
フォローすると、開発ログや新作ゲームの公開が通知されます