前回、塩生康範さんへの作曲依頼のために15万字の完動プロトタイプをお渡しした話を書きましが、実は実際に一番役に立ったのは別の資料でした。
最初に塩生さんにオーダーした際は、プロトタイプのほかに楽曲のテイストとして『下天の華』(コーエーテクモゲームス)のサウンドトラック「華一輪」を参考曲として提示しました。
『下天の華』は、ヒロインが密命を負って織田信長に仕える忍びとなり、武将に近づき情報を集めて陰謀を暴いていくという異色の乙女ゲームです。この「華一輪」は、クライマックスの本能寺の変の場面で流れる「ラストバトル」的なイメージの楽曲でした。
『紅蜘蛛』も最初期は乙女ゲームとして開発を始めた経緯があり、主人公の越児も元暗殺者という立ち位置のため、雰囲気が一番近いと考えたのです。
これに対し、塩生さんから「中華色をどの程度入れるか」というご質問をいただきました。舞台が香港なので、胡弓の音色などを入れて中華っぽさを出したらどうか、というご提案です。
しかし『紅蜘蛛』は香港が舞台ではあるものの、カンフーものや時代劇ではなく、現代のハードボイルド劇です。あまり「中華っぽさ」を強調すると作品のイメージと乖離してしまう気がしたため、入れるにしても「うっすら」程度にしてほしいとお答えしました。
すると、塩生さんは楽曲のイメージで迷子になってしまったようでした。参考曲の「華一輪」にあった和風テイストとの兼ね合いもあったのかもしれません。
そこで私が塩生さんにお願いしたのが、「まず、映画『インファナル・アフェア』の1と2を観てほしい」ということでした。現代的でソリッドな香港ノワールのイメージを共有することが先決だと考えたのです。
これが大当たりでした。
映画を観ていただいたことで塩生さんのなかで方向性が一気に固まったらしく、現代的でゲームっぽすぎず、それでいてしっかり塩生節の効いた切ないバトル曲を仕上げてくださいました。
これがその曲のMVです。グラフィックも当時のものです。
これでラストバトル曲とエンディング曲はスムーズに上がってきました。ですが、最後に届いたタイトル画面用の楽曲は、いかにも冒険活劇!といった趣のロック調の曲でした。タイトル画面で映えるキャッチーさを意識してくださったのだと思います。
これがその曲を使って作ったイメージトレイラーです。
ただ、私の中で主人公・越児は常に死と隣り合わせの世界で生きているダークな存在だったため、少し当惑しました。
そこで言葉で修正を指示するのではなく、実際にその曲をタイトル画面に組み込んだゲームのバイナリをお送りしてみました。すると塩生さんはその意図を汲んでくださり、「回想シーンなどにも使えるような、もう少ししっとりした曲調にまとめたものを作ります」とお返事をいただき、ほどなくしてイメージ通りの楽曲が届きました。
実際の音楽はこちらで聴けますので是非聞いてみてください。
紅蜘蛛 オリジナルサウンドトラック 「Red Spider Lily」
※余談ですが紅蜘蛛シリーズのオリジナルサウンドトラックは各種配信サービスで配信している為youtube musicで全曲無料で聴くことができます。
2作目から参加してくださった中島享生さんには、また別のアプローチで楽曲を依頼しました。
メインテーマ系は塩生さんにしっかり世界観を構築していただいていたため、中島さんにはより自由な形で作曲していただきたいと考えました。また、中島さんは日頃から様々な作品のコラボ楽曲などを手掛けられており、仕様に合わせた柔軟な制作に長けていらっしゃいました。
そのため、プロトタイプはお渡ししつつも、基本は「参考曲」「舞台がタイであること」「楽曲が流れる場面の概要」というシンプルな情報のみでお渡ししました。
『紅蜘蛛2』で渡した参考曲のひとつが、『インファナル・アフェア』の「三年又三年」という楽曲です。潜入捜査官が組織の一員として裏社会を生きる場面で流れる曲です。
中島さんはこちらの楽曲のテイストを見事に再現し、熱帯の地の裏社会が持つ独特の空気感を表現してくださいました。
紅蜘蛛 オリジナルサウンドトラック 「Undercover」
このアプローチは中島さんと相性が良かったようで、『紅蜘蛛3』ではご依頼した2曲以外にも「興が乗ったから」と追加でもう1曲書いてくださるなど、素晴らしいシナジーが生まれました。
2作を通じて音楽の方向性が固まったため、3作目の『紅蜘蛛外伝:暗戦』では「1年の間に好きな曲を1曲作ってください」という完全自由なオーダーを塩生さんに出してみました。
しかし、自由度が高すぎるとかえって難しかったようで、塩生さんは制作に行き詰まってしまいました(この時はピンチヒッターとして、中島さんが超速納期で1作目のテーマ曲のアレンジを手掛けてくださいました)。
この反省を生かし、全6ルートが完全に独立したエピソードで構成される『紅蜘蛛3』では、各ルートのスクリプトをお渡しした上で、ルートごとに具体的なコンセプトを設定してオーダーしました。
(※鬼編と永孝編については参考曲を指定せず、スクリプトのみお渡ししてお任せして作曲していただきました)
ところが、この方法でも2点ほど試行錯誤がありました。
1つ目は、宇(樂)編の楽曲について。普段の塩生さんがあまり書かれないタイプのエレクトロ/スタイリッシュなジャンルだったため、まとめるのに非常に苦労されたようです。私としても難易度の高さは承知していましたが、あえて塩生さんの「新境地」となる楽曲を聴いてみたいという思いがあり、ここは初志貫徹でお願いしました。
2つ目は、來編の楽曲について。「昭和歌謡風」というお題が塩生さんのツボに入りすぎたようで、塩生さんらしさよりも参考曲のオマージュ要素が前面に出たファーストテイクが届きました。さすがに塩生さんの個性がもったいないと感じ、「テイストとして昭和感があれば十分ですので、ぜひ『塩生節』の復活をお待ちしています」とお伝えし、再度検討していただきました。
私の基本的なスタンスは、「ご本人が自分の名で世に出して良いと考える成果品であれば、できる限りNGを出さずに採用する」というものです。制作上の困難があれば、それを排除するための工夫に全力を尽くします。
しかし『紅蜘蛛3』においては、すでに3作目のご一緒ということもあり、「作品をより良くするためなら、一歩踏み込んだ議論をしても大丈夫だ」という強い信頼関係ができていました。
そして結果として、塩生さんはその信頼に最高のマッチングで応えた名曲群を生み出してくださいました。これが、試行錯誤と信頼のうえに成り立ったサウンドディレクションの全貌です。
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また、現在その続編にあたる紅蜘蛛2/Red Spider2 リマスター版(もちろん非営利無料配信)の制作進行中です。
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