今回は、最初の頃の企画書を見返してみたいと思います。
ゲーム画面もなく、ゲーム内容もまだ固まりきっていない、まさに企画段階の資料です。
しかし、この企画書には、ラタタンが最初に何へ挑戦しようとしていたのかが、そのまま残っています。
現在のラタタンとは違う部分も多くありますが、この企画書を見ながら、当時どのようなゲームを目指していたのかを振り返っていきます。
ラタタンは、『パタポン』シリーズのディレクター・小谷浩之と、サウンドコンポーザー・足立賢明が参加するプロジェクトとしてスタートしました。
私たちは、『パタポン』を作り直したいわけではありませんでした。
むしろ、その先にある新しいゲームデザインへ挑戦したいと考えていました。
目指したのは、
「パタポンから進化した、新しいゲームデザインを作ること」
です。
リズムコマンドという気持ちよさは残しながら、プレイヤー自身がキャラクターを自由に操作できる。
リズムゲームとアクションゲームを融合させ、新しい遊びを生み出したい。
これが、ラタタンで最初に掲げた大きな挑戦でした。
もう一つ、大きなテーマがありました。
それが、マルチプレイです。
当時のTVTでは、
「マルチプレイゲームへの挑戦」
を一つのテーマとして掲げていました。
ラタタンは、そのフラッグシップとして企画されたプロジェクトです。
そのため、最初から協力プレイを前提としたゲームデザインを考えていました。
Steamを主戦場に考えたとき、インディーゲームとして世界中のプレイヤーに遊んでもらうためには、どんなゲームにすべきか。
そこで選んだ要素の一つが、ローグライトでした。
当時すでにSteamでは多くの優れたローグライト作品が生まれていました。
そこへ、
という要素を組み合わせることで、まだ誰も体験したことのないゲームを作ろうと考えました。
ゲームシステムと同じくらい時間をかけたのが、ビジュアルデザインでした。
その理由は、パタポンという作品のデザインが、あまりにも優れていたからです。
あのシンプルで力強いビジュアルは、一つの完成形でした。
だからこそ、そのまま同じ方向を目指せば、ただのコピーになってしまいます。
一方で、大きく方向性を変えすぎれば、私たちが大切にしたかった魅力まで失われてしまう。
このバランスは、本当に難しいものでした。
初期の企画では、今よりもスチームパンク色の強いデザインも検討していました。
この頃のデザインには、まだ答えはありません。
ただ、一つだけ大切にしていたことがあります。
それは、
「新しい挑戦であること。」
そして、
「パタポンへのリスペクトを忘れないこと。」
この二つを両立させることでした。
最終的に現在のビジュアルへたどり着くまでには、本当に多くの試行錯誤がありました。
その話は、また別の機会に詳しくお話ししたいと思います。
この企画書を見返すと、現在のラタタンにつながる考え方がたくさん残っています。
一方で、開発を振り返ると、一つ反省していることもあります。
それは、
企画段階で挑戦する要素を詰め込みすぎたことです。
まず、一番大きな挑戦だったのが、
リズムゲームとアクションゲームの融合でした。
リズムコマンドという面白さを残しながら、プレイヤー自身が自由にキャラクターを操作する。
この部分だけでも、ゲームデザインとしては非常に大きな挑戦です。
結果として、私たちが想像していた以上に、まったく新しいゲームになっていきました。
さらに、
という二つの大きな要素も加えました。
それぞれ単独でもゲームの根幹になるようなシステムです。
つまり、一つのプロジェクトで、
という三つの大きな挑戦を同時に進めることになりました。
振り返ってみると、これは開発を非常に難しくした要因の一つだったと感じています。
もちろん、最終的にはラタタンらしいゲームへたどり着くことができました。
しかし、もし今もう一度ゼロから新規IPを立ち上げるのであれば、
一度に挑戦するテーマは、もう少し絞る。
そんな判断をするかもしれません。
ゲーム開発では、
「やりたいこと」と「実現できること」のバランスを取ること
も、プロデューサーとして重要な仕事なのだと、このプロジェクトを通して学びました。
企画書には、現在のラタタンにつながる考え方が数多く残っていました。
では、それを実際にゲームとして形にするとどうなったのか。
次回は、当時のプロトタイプや仕様書を振り返りながら、最初の試行錯誤についてお話ししたいと思います。
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