今回は、ラタタンというプロジェクトがどのように始まったのかを振り返ります。
ゲーム開発というと、「企画を考えて、開発を始めて、完成させる」というイメージを持たれることが多いと思います。
最初に考えていたのはゲームそのものではなく、
「どうすれば、自分たちの作品を世界に届けられるのか」
ということでした。
ラタタンの始まりは、2020年末の新橋の居酒屋でした。
小谷さん、保井さん、そして私の3人でお酒を飲みながら、「自分たちで何かできないだろうか」という話をしていたことが、このプロジェクトの出発点です。
当時、私たちには共通して感じていたことがありました。 それは、自分たちが作ったゲームであっても、その作品は会社に帰属してしまうということです。 もちろん、それ自体は会社に所属してゲームを作る以上、ごく自然なことです。
それでも、自分たちの作品を、自分たちの手で長く育てていきたいという思いがありました。 そんな話をしている中で、
「Steamなら、自分たちでも世界中のプレイヤーにゲームを届けられるのではないか。」
という考えが生まれます。 さらに、
「Kickstarterを活用すれば、開発資金も調達できるのではないか。」
SteamとKickstarter。
この二つを軸にすれば、自分たちでIPを持ち、自分たちで世界へ届け、自分たちで育てていくことができるかもしれない。
これが、ラタタンというプロジェクトの原点です。
その後、このアイデアを形にするため、最初の企画書を作成しました。
当時のプロジェクト名は、「Project JabberWocky」でした。
今回は、その企画書の一部をご紹介します。
企画書 表紙
まず最初に書かれているのは、プロジェクト全体の方向性です。
プロジェクト概要
ここには、
という方針が書かれています。
また、発売予定は2025年となっています。
もちろん結果としてスケジュールは変わりましたが、「世界市場を目指す」「Kickstarterを起点にコミュニティを作る」という考え方は、この頃からほとんど変わっていません。
企画書には、「なぜインディーゲームなのか」というページもあります。
なぜインディーズゲームなのか
当時の私たちは、インディーだから小さく作るという発想ではありませんでした。
会社では実現しづらい挑戦を、自分たちの意思で実現するための選択肢
としてインディーを選んでいます。
だから最初からSteamを中心に考え、世界市場を前提としたプロジェクトとして設計していました。
そして、この企画書には「なぜKickstarterなのか」というページがあります。
なぜKickstarterなのか
ここを見ると分かるように、Kickstarterは資金調達だけを目的として考えていたわけではありません。
まで含めた戦略として位置付けていました。
今では一般的になった考え方かもしれませんが、当時の私たちは、この考え方を軸にプロジェクトを組み立てていきました。
結果として、この判断はラタタンの開発全体にも大きな影響を与えることになります。
この企画書を改めて読み返すと、変わったことはたくさんあります。
発売時期も変わりましたし、ゲームシステムも何度も作り直しましたが、
「自分たちのIPを持ち、自分たちで世界へ届ける。」
という考え方だけは、この6年間、一度も変わりませんでした。
ラタタンというプロジェクトが始まったのは、2020年末です。
そして正式リリースは2026年。
つまり、このプロジェクトは構想から約6年をかけて、一つの区切りを迎えることになります。
ゲーム開発は、思っている以上に長い旅です。
特に新規IPでは、ゲームを作ることだけでなく、会社を作り、資金を集め、仲間を集め、世界へ届ける仕組みまで考えなければなりません。
この連載では、その6年間で経験したことを、できるだけありのままに残していきたいと思います。
今回は、プロジェクトの立ち上げと、企画書に書かれていたプロジェクト全体の方向性についてお話ししました。
次回は、いよいよゲーム企画そのものです。
当時の企画書を見ながら、 ラタタンは最初にどんなゲームを目指していたのか。
リズムゲーム、マルチプレイ、ローグライト、そしてビジュアルデザイン。
現在のラタタンとは違う部分も含めて、初期企画構想を振り返りたいと思います。
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